• 音まち千住の縁

アートにできることはいろいろある|伊藤尚子



プロフィール

伊藤尚子|いとう なおこ(IMM ねいばーず)

2019年、IMM ねいばーず※1 ※2(当時「IMMプロジェクトメンバー」)の立ち上げ時期から参加する初期メンバー。小学校3~5年生の3年間をフィンランドで過ごす。帰国後、感じてきた違和感を抱えながら、英語教師として9年勤務。その後、NPOに転職。「自分で英語で伝えたい」をお手伝いする「KAMOME English」を運営。

www.kamome-english.com

男の子は赤を選んでもいいか


 小学3年から5年の3年間はフィンランドに住んでいました。そこで、日本で当たり前だと思っていたことが全然当たり前じゃないという体験をしました。たとえば日本では私の時代、工作をするとき男の子は赤を選べないような空気があったけど、フィンランドでは男の子が真っ先に赤を選ぶのを見て、「それでいいんだ」と思ったり。そういう経験がたくさんありました。逆に、インターナショナルスクールの中で、アジア系の子どもがヨーロッパ系の子どもと異なる扱いを受けるという経験もしました。

 いろいろあって、フィンランドの生活に自分はなじめていない、早く日本に帰りたいとずっと思っていたのですが、帰ってみたら周りの話に全然ついていけなくなっていて、「あれ? 私はどこに行けばいいんだろう」という「逆カルチャーショック」の方が強くありました。

 英語の発音が良いことをからかわれたり、中学で制服や髪型まで決まっていることを窮屈に感じたり……。友人に「そんなに目を見て話をしないで」と言われたこともあったのですが、フィンランドでは先生に「なぜあなたは目を見て話さないの?」と言われていたので、帰国して何というか「なじめない」という感覚でいました。ですので、高校のときは、帰国子女だということを隠し通そうと思って生活していました。

 初めて自分で選んだ「大学」という場所で、いろいろな人に会ったりボランティアに参加したりして、やっと自由に息が吸えるようになったという感覚がありました。


子どもの視野を広げたい


 日本の義務教育の中で英語の授業を受けてきて、この方法でみんな英語が話せるようになるのかなという違和感を感じていたこと、自分が日本に帰ってきて窮屈に感じてきたことなどから、もっと子どもの視野を広げられるような教育に関わりたいという思いがあり、大学院を出て高校の英語教師になりました。世界にはもっといろんなことがあるということを子どもたちが知ることができれば、もっとみんな楽に生きられるんじゃないかなと思って。

 英語教師として最初に赴任した高校では英語部の顧問になったり、国際交流事業を担当させてもらったりしました。次に赴任した高校では、退学してしまう生徒に対して何もできないことに歯がゆさを感じたりもして。教師として9年勤めたのち、学校現場だけでは実現できないことに挑戦したいという思いから1年前に転職しました。今はNPO法人で学習に困難を抱える子どもの指導を行っています。

 教員時代と比べて給料は減りましたが、個人事業や地域活動など、これまでできなかった自分がやりたいことにチャレンジするために時間を使っています。


アートはずっと好きだったけれど


 教員を辞める少し前の2019年秋ごろ、音まちのIMM東京※1に出会いました。知人がトークイベントに登壇していて聴きに行ったのがきっかけです。ホームページでは正直よくわからなかったのですが、行ってみたらすごく面白い話をされていて。子どもの教育に関わってきた中で、海外にルーツのある子どもたちの抱える問題にはすごく関心があったので、その後、一緒に活動する市民メンバー(現・IMM ねいばーず※2)の募集があったとき応募して、継続して関わるようになりました。

 みんなでいろいろな多文化のリサーチにも出向きました。足立区では朝鮮学校を訪問したり、神戸にスタディツアーに行ったりもしました。

 社会課題の解決のようなことに関心があって、教師をやったりボランティアをやったりNPOの仕事をしたりしてきたのですが、アートでは何か、それとはちょっと別のアプローチがあることに気づくようになりました。制度を変えるとかそういうことじゃなくて、気づいていなかったことに気づいてもらうとか、安っぽい言い方かもしれないけれども「心を動かす」みたいなことがアートにはできるんじゃないかと思います。

 自分が教師やボランティアなどいろいろやる中で感じていた、「何かちょっと違う」「これじゃダメなんじゃないか」といった物足りなさみたいなものが、アートでは拾えるんじゃないかなと。

 フィンランドで過ごした子ども時代は、日本のようなアニメも漫画もゲームもなかったので、絵を描いたり物語を書いたりしていたんですね。またそのころ、家族に連れられて行ったフランスのルーヴル美術館で観た、ドラクロワの絵画「民衆を導く自由の女神」にはすごく衝撃を受けました。帰国後、高校時代は美術部に入り、高校生は美術館が無料だったので近所の美術館にたびたび足を運びました。また就職後もアクリル画を習って描くなど、アートはずっと好きではありました。

 でも、アートの可能性にはまだ気づいていなかったです。


社会課題の解決をアートのアプローチで


 IMM東京に参加するようになって、徐々に、アートはすごく可能性があるというか、アートでできることはいろいろあるなというのを感じるようになりました。神戸のスタディツアーではそれをすごく感じました。「多文化×アート」というテーマでいろいろな団体の視察をさせてもらったのですが、目に見える部分は似て見えても、活動の出発点やスタンスは人それぞれ違うことを知りました。

 そのとき、海外ルーツの方にまつわる社会問題を扱っているのにアート作品には説明が書かれていないことに対し、もっと前面に出せばいいのにとすごくもやもやして質問をぶつけたら、「アートはきっかけ」だと話してくださり、はっと気づいたことがあります。私の出発地点は社会課題の解決というところにあるので、アートの世界を見ていてそのころは疑問がたくさんあったんです。最近はそのあたりが納得できるようになったかなと思います。

 IMM東京は今では本当に私のライフワークのひとつみたいに感じています。アートのアプローチを知ったことで、関心のあることへのアプローチの仕方はひとつじゃないんだということにも気づけましたし、今後もずっとアートに関わっていきたいなと思うようになったし、もっと単純に、普段仕事をしていて出会えないような方たちに出会えるのが楽しくてありがたいなと思いますね。こんなにいい思いをさせてもらっていいのかなって(笑)。自分の幅を広げる場のひとつになっています。藝大の学生さんたちもたくさん勉強されていて学んだことをシェアしてくださるので、すごく勉強になるし、刺激になります。

 大学時代からつくばエクスプレス沿線に住んでいるので、千住は友達と会ったりする場所でしたが、住んでいる人とお会いしたことはありませんでしたし、藝大があることも知りませんでした。足立区に海外ルーツの方がけっこういらっしゃるんだということも活動に参加して初めて知りました。IMM東京もですが、メモリバ※3などにも参加して、東京って、足立って面白い場所だなって感じています。足立区は私にとって、いろいろな人と出会える場所です。


次は小学校へアウトリーチ


 一方、こういうプロジェクトで難しいなと思うのは、個人のルーツの話などデリケートな話題が出ることも多くて、「今の発言で、誰か傷ついてないかな」と気になることがわりとあります。ある方が、「私、以前、台湾に住んでいて」とおっしゃっていたので、てっきり自分と同じ帰国子女だと思い込んじゃったことがあります。「すごく中国語が上手なんですね」なんて話して初めて、実はその方のご家族ももともと台湾の方だということがわかったということがありました。自分はその可能性を考えられていなかったなと、その後1週間くらい落ち込んじゃったんです。そのときは気づけたから良かったのですが、自分が気づかないうちに誰かを傷つけたり気を遣わせたりしていないかなということは、こういうプロジェクトだからこそ気を配らなきゃいけないなと思います。

 今後は特に、自分がもともと一番関心のあったアウトリーチのところに関わっていきたいと思っています。アーティストの方と一緒に、多文化や自分のルーツをテーマに小学校で授業をする予定があります。英語教師として関わってきた教育の現場にアートのアプローチで関わるのが、すごく楽しみです。

 今年の冬は、IMM東京約10年の活動の成果として北千住BUoY※4で多国籍美術展※5も開催します。子どもに限らずいろいろな人にとって気づきが生まれる、人生の何かのきっかけになる場所になればいいなと思っています。


インタビュー・執筆:舟橋左斗子



※1 IMM東京(イミグレーション・ミュージアム・東京): 国内に在留する海外ルーツの人びとの日本での日常生活に焦点をあてたアートプロジェクト。「ミュージアム」という名称でありながら施設を持たず、足立区の空き店舗や教会、古民家などを転々としながら、そのとき限りの体験ができる展示やイベントを展開してきた。美術家の岩井成昭が主宰。


※2 IMM ねいばーず: 展覧会を一緒につくりあげるために2019年10月から活動を開始している市民リサーチャー。多文化社会や国際関係に関心のある学生や社会人、アーティスト活動をしている留学生など、多様な背景を持った多世代のメンバーで、それぞれの関心に応じて活動中。


※3 メモリバ: 無数のシャボン玉で見慣れたまちを一瞬にして光の風景へと変貌させる、現代美術家の大巻伸嗣によるアートパフォーマンス、Memorial Rebirth 千住(通称:メモリバ)。千住では、2012年3月にいろは通りから始まり、区内の小学校や公園など毎年場所を変えながらリレーのバトンのように手渡されてきた。


※4 北千住BUoY: 千住仲町の元ボウリング場と浴場だった廃墟をリノベーションしたアートセンター。2階にカフェ、ギャラリーなど、地下では主に演劇やダンスの公演を行う。


※5 多国籍美術展: 多国籍美術展・「わたしたちはみえている –日本に暮らす海外ルーツの人びと– 」

immigration-museum-tokyo.com

 

【2021年11月発行号掲載 / ロングバージョン】

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