作曲家・野村誠さんのアイデアで2011年に始まった「千住だじゃれ音楽祭」。
公募で集まった音楽集団「だじゃれ音楽研究会」とプロの音楽家が共演した定期演奏会が2回おこなわれ、その間にタイやインドネシアにも遠征した。
スタートから7年を超え、拍手と握手で迎えられるようになったプロジェクトのこれまでを、野村さんの言葉を交えて振り返ってみよう。 (アートライター:白坂由里)
今年2月4日に開催された第2回定期演奏会「かげきな影絵オペラ」は、だじゃれ音楽のまさかの進化を見せつけるものだった。演奏の主体は、作曲家・野村誠さんの発案で公募された「だじゃ研」こと「だじゃれ音楽研究会」のみなさん。西洋楽器や邦楽器などの枠組みにとらわれず、10歳から81歳までのさまざまな特色をもつ人々で構成されている。
タイトルにもなった「かげきな影絵オペラ」は、「ほうれんそうれんそう」「すっぽんぽん体操」など、これまでに生まれただじゃれソングを野村さんがオペラに再編成した作品。テノールの中原雅彦さんと影絵師・川村亘平斎さんも共演し、大人も子供も吸い込まれるように観た。そしてラストは、クラシック・オーケストラのコンサートマスターでもあるヴァイオリニストの神谷未穂さん、地歌箏曲家で“邦楽の達人”竹澤悦子さん、フリージャズのマルチリード・プレイヤー梅津和時さんも加わり、「でしでしでし」の大合奏! 第1回から出演している梅津さんに「これじゃプロ同士で演ってるみたいになっちゃうから、俺が崩さないとって途中で思ったよ」と言わせるほど、アマチュア集団「だじゃ研」がプロと即興演奏で渡り合ったのだ。
「ここまで来るとは僕も思いませんでした」と、「だじゃれ」と「音楽」を組み合わせた「だじゃれ音楽」のパイオニア、野村さんも言う。「音まち」に招聘された2011年の春。東日本大震災のあと、寛容性が失われていく社会のなかで「自分と意見の異なる人にも会っていきたい」と、おじさん世代のコミュニケーションツールである「だじゃれ」と、自分の得意な「音楽」をつないだのが始まりだった。
思いが通じたのか、「だじゃ研」メンバーには男性がちょっと多い。女性が多数になりがちなアートプロジェクトでは希少なケースだ。
「世代もタイプもばらばらなんですが、学校や職場で『だじゃれ? そんなのやめておいたほうがいいよ』とまだ聞いてもいないのに止められたそうなんです。そんな味方のいない人たちが寄り集まってできた『居場所』なのかもしれません」。
また、東京藝術大学の関係者や音楽愛好家からも「音楽ではない」といった拒絶を受けていた。そんななかでも、銭湯での公演やワークショップなどを経て、第1回定期演奏会「千住の大団縁」を2013年3月に実現。ヴァイオリニストの松原勝也さんは「藝大の人たちは音で発想するから、だじゃれの巣窟みたいなものですよ」と出演を快諾。三味線の田中悠美子さんは自ら手を挙げてくれた。
「だじゃれって、洒落が効いているのに『だ・駄』がついてる。今の価値観で見てハイアート、ハイレベルとみなされないものは『だ』の烙印を押されるわけです。だったら駄目なもの、ダサいもの、一流とはいえないものに潜む力を見つけようと。だじゃれって、意味や論理ではなく、同じ発音というだけで無関係のものを音でつなぐことができる。包容力が大きいから西洋音楽も東洋音楽も、現代音楽的なものも子供向けの音楽もなんでも創造できる。だじゃれ音楽とは何か、演りながら考えも変わっていきました」。
3年目からは国際交流も始まる。インドネシアから作曲家のメメット・チャイルル・スラマットさん、タイから民族音楽学者のアナン・ナルコンさんを招聘し、各国の言語や文化、音楽を取り入れただじゃれ音楽のコンサートを実施。2015年にはタイ・バンコク、翌年末にはインドネシア・ジョグジャカルタを訪問する。その間、2014年には、千住にちなんで1010人の演奏者を公募したコンサート「千住の1010人」を足立市場で実現した。
「このころから即興演奏のレベルがジャンプアップしたんです。能力の一部分しか発揮できず、ポテンシャルや伸びしろがまだまだある人たちが集まっているから。特定の音楽ばかりやっていると、その特定の音楽だけのスキルがアップしていく=ひとつの型を身につけていくことになるんですが、だじゃれ音楽ではいろんなことを体験していくから、思わぬところで花開くんですね」。
ただし、これでは、これからやりたい人たちが入れない。それで、メンバーがワークショップのファシリテーターになり、新しいメンバーが入って来たくなるようなプログラムを提供する「だじゃれ音楽研究大会」を2016年に実施した。
「大きな予算もなく、ゲストも呼ばず、5分・10分・15分くらいで参加できるプログラムを考えてとお題を出したところ、『ロングトーン講座だったら5分で』『お囃子講座なら10分で』と、自分でプログラムを考えられるようになっていた。気づいたら、ファシリテーターも育成できていたんです」。ワークショップには約60人が参加し、そのうち7人が新規メンバーに加わった。
「音楽は、多様なものが共存しやすいジャンル。演劇では一斉に全員が喋ったら演劇になりにくいですけど、音楽は全員が楽器を鳴らしても音楽になる。お互いに鳴らしながら調和を探っていく方法もあります。ポリフォニーとかポリリズムとか、『ポリ』=複数のパートがあること自体が普通にある。それが音楽の特性」。リズムをずらす「シンコペーション」のように、「ずれ」が豊かさを増すことを音楽は教えてくれる。加えてだじゃれは意味の「ずれ」、つまり異なるもの同士の間=ギャップから生まれる賜物だ。
また、音楽に限らず大事なことは「先にこうしようと決めつけすぎないこと」。「そしてポジショニング。人によってできることが違い、複数のいろんな役割が世界をつくっている。『でしでしでし』は難しい曲ですが、『みんなできますよ』と言い続けた結果、3回しかリハーサルしてないのに本番でできちゃった。できるようになると信じているし、ムリはさせないんです。だじゃれ音楽はルールがゆるいので、いろんな違う要素を内包できて、響きが複雑で豊かになるんです」。
そんな野村さんの夢は「僕がいなくても、日本各地でだじゃれ音楽のワークショップや演奏会が開かれ、いろんな場所で楽しまれること」。 だじゃれでじゃれよう!
次回、第3回研究大会は
2018年12月22日(土)、乞うご期待!
◆ かげきな影絵オペラの映像はこちら
◆ 千住だじゃれ音楽祭のHPはこちら
【2018年8月発行号掲載】
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