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  • 執筆者の写真音まち千住の縁

畳の上のカーペット|イミグレーション・ミュージアム・東京



夏から秋へと映り変わる頃、由緒を感じる日本建築に現れた、異文化との出会いの入口。

9月には外国語の聖歌や賑やかなしゃべり声が畳の空間を満たし、

10月には障子の合間からどこか懐かしい千住の風景が写真を通して語りかけてきた。

音まちの新しい拠点「仲町の家」で開催された2つの展示を振り返る。


イミグレーション・ミュージアム・東京 座談会

阿部初美×佐藤慎也×岩井成昭  聞き手:熊倉純子




日本家屋を異文化の出会いの場に


熊倉:「イミグレーション・ミュージアム・東京(以下IMM)」は、移民の概念がない我が国において、在留外国人との共生について考えるための契機をアートを通じてつくるという企画です。美術家の岩井成昭さんが2010年に始められ、2013年からは音まちのメインプログラムのひとつとして展開しています。

 今回の音まちのIMMでは2つの企画を開催しました。ひとつは、足立区に多く暮らしているフィリピン系の方々のインタビューを綴る、映像インスタレーション。学生が長期にわたって構築した関係に基づいて行ったインタビューを、演出家の阿部初美さんが映像作品に構成されました。撮影は映像作家で藝大千住キャンパスの卒業生でもある冨田良平さん、展示の空間構成は建築家の佐藤慎也さんにそれぞれご担当いただきました。もうひとつは、千住に30年暮らすデンマーク人ジャーナリストのケント・ダールさんが80年代から90年代に撮影した写真の展示。膨大な量のネガから岩井さんが40点ほど選び、展示の空間演出もなさいました。

 まずは阿部さん、今回フィリピンのたくさがわみなさんと出会って、作品をつくられてどうでしたか?


阿部:実は、学生のときに田舎の温泉のバイト先でフィリピン人の集団の女の子たちに出会っていたんです。みんな陽気に歌って、踊りながらお風呂場の掃除してて、すごくフレンドリーで。お部屋にはキリスト教のマリア様とかの置物がたくさんあって、「はあー、ずいぶん熱心なんだな」と思ってね。今回、彼らの話を聞きながら、そのときに感じたことに再会したようでした。フィリピンと聞くとパブとか”俗”のイメージが強いけど、彼らは”聖”の部分をすごく強く持っている。今回意識したのは、そっち側から紹介していくということ。フィリピンのみなさんはミサの中で神様と、自分と対話しているわけですが、作品を通して自分自身や世界と対話していくアートもそれと似たところがあるんじゃないかと思って。なので、フィリピンの方たち一人ひとりとお客さんが対話できる場所をつくることを目指しました。


熊倉:佐藤さんは、「フィリピンからの、ひとりひとり マキララ-知り、会い、踊る-」の会場構成にはどんな工夫があったのでしょう?


佐藤:映像インスタレーション展示(「知る」Their history, to be our story)はどのようにフィリピンの人たちが日本での住環境を過ごしやすくアレンジしているのかをヒントにしました。だから、普通の日本の家であれば開け放ってつながっていくような空間を仕切ってカーペットを敷いたり、ステンドグラスみたいなものをつくったりしたんです。それに対して、岩井さんが空間構成なさった写真展は、日本的空間を存分に発揮させた使い方でしたね。いろんなところを開け放ってその奥に展示して、重層的に使ったり。会場は同じ一軒の家なんだけど、もとの題材がいかにもの日本家屋だからこそ、プロジェクトの性質に合わせて使い方が異なるかたちで出てきたのが印象的でした。


岩井:写真展の場合、写真は矩形のフレームなので、日本家屋の構図にハマりすぎちゃうんですよ。だから、ずらすのが大変でしたね。あと、小技の効いた家だから、その持ち味を生かしたいなと思って。例えば、幅の狭い廊下。あの使い方のイメージは、ちょっとマニアックなんだけど、小津安二郎の映画のローアングルですね(笑)



コミュニケーションツールとしての写真


熊倉:岩井さんは、IMMのディレクターとしてだけでなく、今回は、表現者の立場からも携わられましたよね。写真はどのように選定されたんですか?


岩井:ケントさんの作品を、本人とは違う味方をするよう心がけました。たとえば、いろんな店主の写真のシリーズがありますが、カメラ目線の商売道具を手で持っているようなものが多い。ジャーナリストのケントさんとしての決定打はこちらだと思うけど、僕はむしろ被写体が無防備になっているショットを選びました。なぜならその無防備な姿こそ、コミュニケーションが交わされて、被写体がカメラに対して気を許していることの証に思えたからなんです。


阿部:当事者が当たり前だと思っていたことを異質な目で見て、今まで見えてこなかった部分を引っ張り出すというのは、アーティスト岩井成昭の得意な手法ですよね。


熊倉:ケントさんはジャーナリストだからこそ、対話しない存在としては対象を見ていなくて、写真は話を聞く口実、ツールにしているんですね。会場でも、写真を積んでまちに繰り出した屋台の周りでも、自分が撮った昔の写真を介して、今の人たちと千住の消えていったものについて語るのを、彼自身もすごく楽しんでいました。あと、彼の話で印象的だったのは「千住はパリ説」です。クレープ屋とか、焼き栗屋とか、路上や屋台で食べ物を普通に売っているのが、パリの日常の光景。それからマルシェとか個人商店が元気な部分がまだまだあって。その個人商店では常連さんとの世間話がすごく重要な商売道具で、他のお客さんはその間待たされちゃう。人情というか、そういうところが非常にパリっぽいということでしょう。


岩井:彼が言ってたのは、お店の店主は芸人じゃないとダメだ、サービス精神があって他者とコミュニケーションをとる能力がないと商売がうまくいかないと。その芸人が勢ぞろいしているのが千住のイメージなんですって。

 僕が今回一番興味を持ったのは、ケントさんが80年代とか90年代の頭くらいにこういう写真を撮り始めたときに、その隣に僕らがいたら、彼と同じような視線で面白がっていたのか?っていうこと。僕らも今やっと、なくなっていくものに対してのノスタルジーが募ってきてケントさんと同じ視線になってきた、それが非常に面白いなと思ったんですよね。ケントさん曰く、写真家は常に良い写真を撮れないといけないけど、どんなにスキルがあっても、大事なのは時代が変わっていく瞬間に立ち会うかどうか。彼の場合はそれが千住の変化で、その変化を残したいと思ったから写真を撮った。そうじゃないときには彼は撮らない。



ハコをもたないミュージアムは可能か


阿部:今回やってみて、私の中国人やスリランカ人の友達から「私たちともやってほしい」という声が寄せられて、こうした試みのニーズが大きいことを痛感しました。やっぱりアートの役割って大きいと思うんですよね。全然知らない人同士を繋いでいくとか、とっても得意なんじゃないかな。ぜひ日本中の美術館や劇場でも、IMM的な試みをやってほしいなと思います。


佐藤:活動を継続的なものにするためには、場所の問題はどうしても出てきちゃうのかな。ここ10年、建築をやりながらアートプロジェクトに足を突っ込んできて、施設とか制度によってはできないことも、固定化することをうまく回避して続けられたらいいですよね。


阿部:だから「IMM埼玉」みたいな感じで(笑)まずは私の埼玉の家でやろうかなって思ってます。


熊倉:IMMに3年携わらせていただいて、日本のイミグレーション・ミュージアムは、一人ひとりが自宅で始めるとか、NPOが異文化ハイブリッドなものを集めてみるところから始めるといいのではないかと思います。そうやってシステムを自分たちで勝手につくるようなことができたら、すごい市民力だなって。





阿部初美|あべ はつみ

演出家

にしすがも創造舎レジデント・アーティストとして東京国際芸術祭を中心にドキュメンタリー的な作品『4.48 サイコシス』『アトミック・サバイバー』などを発表。

東京藝術大学、地域創造リージョナルシアター事業、全国の公共劇場などで講師を務める。2010年に出産後、「産み育てを考えるワークショップ」を全国4都市で実施。子育てをしながら舞台にとどまらない表現を探求しつつ活動中。




佐藤慎也|さとう しんや

日本大学理工学部建築学科教授

建築に留まらず、美術、演劇作品制作にも参加。『+1人/日』(2008 取手アートプロジェクト)、『個室都市 東京』ツアー制作協力(高山明演出 2009 F/T)、「3331 Arts Chiyoda」改修設計(2010)、『アトレウス家プロジェクト』(2010-16)、「としまアートステーション 構想」策定メンバー(2011-)、「長島確のつくりかた研究所」所長(2013-16)、『←』プロジェクト構造設計(長島確+やじるしのチーム 2016 さいたまトリエンナーレ)など。




岩井成昭|いわい しげあき

イミグレーション・ミュージアム・東京 主宰。

1990年より国内および欧州、豪州、東南アジアの特定コミュニティの調査をもとに、映像、音響、テキストなどを複合的に使用した視覚表現を展開。近年はあらゆる世代を対象にしたワークショップや、多文化研究活動を平行して実施中。

秋田公立美術大学教授、東京藝術大学非常勤講師。




熊倉純子|くまくら すみこ

東京藝術大学音楽学部音楽環境創造科・大学院国際芸術創造研究科教授

音まち千住の縁 プロデューサー



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