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執筆者の写真音まち千住の縁

「素の自分でいられる場」をつくる|金 ビンナ


プロフィール

金 ビンナ|キム ビンナ(アートプロジェクト研究者)

韓国の全羅南道長興郡生まれ。高校卒業後すぐ来日して日本語を勉強した後、韓国の大学に進学。韓国の大学と大学院では地域学(日本学)を専攻。大学院生の時に日本のアートプロジェクトに関する研究に接したのがきっかけで、2014年東京藝術大学大学院に入学。専攻は芸術環境創造。2019年3月に博士号を取得した。音まちでは約2年半、IMMを担当。



ヤッチャイ隊って何だろう?


 東京藝術大学大学院の芸術環境創造専攻で書いた、博士論文のテーマは「アートプロジェクトにおけるサポーター/ボランティアのあり方」でした。きっかけとなったのは、音まちのヤッチャイ隊(※1)です。

 音まちでは2013年からスタートした「イミグレーション・ミュージアム・東京(IMM)」に試行錯誤して取り組んできましたが、そのなかで出会ったヤッチャイ隊の人たちにすごく興味を持ちました。この頃ヤッチャイ隊にはいろんな自主活動があり、すごく楽しそうだったんですね。「暗い音楽学」「人生を踏み外したジャズ講座」「OL情報特論」などなど、講座形式で自分の好きなこと、興味のあることについて語る場があって、世間では見落とされてしまうようなことを、真剣に考える人がいて、自由に話せる場があり、それを聞いてくれる人々がいるという姿を見て、私自身がなんだかほっとしましたし、何よりすごく面白かった。こういう人たちがこういうことをできる、この場って何だろうって思って、ひとりずつインタビューを始めました。

 インタビューを通じて感じたのは、みんな、何かしらそういう場を求めているんだなってこと。人間には、会社や地域のつながり、家族など、どうしても自分が背負わなければならない関係性ってありますよね。ある方がおっしゃっていたんですが、ここではそういうものが一切関係なく、素の自分でいられる場なのだと。



自分の好きなものがわからない


 自分が何が好きで何が好きじゃないのかわからないって人が増えてるっていう韓国のニュースを見て、それって悲しいなと思います。韓国は、10代の間は受験以外のものを考えちゃいけないっていう社会なので、選択肢がないんですね。そのせいか、マスメディアがつくった何かに引っ張られている気がして。

 私は、好きなものははっきりしています。家庭的な環境のせいなのかな。韓国の南の方の田舎の生まれですが、父が小説家だったので、家に本がいっぱいあった。こどもの頃から家にいるのが好きで、本は何でも読みました。一方、アイドル音楽は好きじゃなくて、友達と全然話が合わなくて、「私って変なのかな?」と悩んだ時期はあります。昔も今も、好きな本を読みながら好きな音楽を聴いているのが一番好きです。

 ヤッチャイ隊のインタビューで出てきた共通点として、「自分はこどもの頃、変わっていた」という点があります。早めに自分を「変わっている」と認識したことが、自分の好きなものに出会えた理由なんじゃないかなと思います。自分も少し似ている。



韓国から日本へ


 近所に住んでいる母方のおじいちゃんがキリスト教の牧師で、韓国と日本の歴史的な背景からおじいちゃんもおばあちゃんも日本語がしゃべれましたし、おじいちゃんが若い頃から日本の牧師さんと交流もあって、日本に接する機会が多かったと思います。特に父の影響で日本文学を身近に感じていて、遠藤周作の『沈黙』には衝撃を受けました。高校生の頃かな。すっごい泣きました。

 韓国の文学界においては、その時代を反映し、批判する作品を高く評価するのに対して、日本の小説はわりと個々人のことを語る作品が多くて。こういう違いから一時期、日本の小説がすごく流行っていて、自分も吉本ばなななどの日本の文学作品をたくさん読みました。父に勧められたのが日本に来たきっかけでしたが、文化の面で、自分自身、日本には興味があったのだと思います。



アートプロジェクトの可能性


 藝大の熊倉研究室でIMMに取り組む間に、すごく厳しい状況で生活している外国人が多いことを知りました。地域のボランティアで運営する日本語教室にたびたび通って、皆さんにIMMの話もしたのですが、日本で出産してこどもは日本語しか話せないのに、滞在ビザの申請が通らない人たちがいた。そういう人たちの拠りどころになったのはメモリバ(※2)でした。中国やネパールのママたちは、就学前のこどもをどこに連れて行けばいいのかわからない。情報が入らない。そんな彼女たちがとても喜んでくれて、毎年来てくれる人もいました。無料で、こどもを自由に遊ばせることができ、きれいなものをみることができる。アートが問題を解決してくれるとは言わないですが、可能性はあるのかなと思います。

 博論では、ヤッチャイ隊のほかに新潟の「水と土の芸術祭」のサポーターや「横浜トリエンナーレ」のサポーターなどにもインタビューさせていただきましたが、「自分がありのままでいられるこの場が、自分にとって意味があります」と語られていた。

今感じているのは、自分のやりたいことや自分の好きなことがわからず迷っている人には、誰もが参加できるアートプロジェクトは、ひとつの選択肢になり得るんだなってこと。そういう選択肢がいっぱいある社会がいいなあと思います。

 可能なら、これからもアート関係のことをやっていきたいなという気持ちはあります。人々の「選択肢」をもうちょっと増やす仕事をしたい。家庭と仕事だけじゃなくて、そのほかにも幸せを感じられる場がもうひとつくらいあったほうが人間らしい生活ができると思うんです。


(インタビュー・執筆:舟橋左斗子)




(※1)アーティストと協働してプロジェクト全体の運営を多様な面から支える「音まち千住の縁」のボランティア/サポーターチーム。かつて千住で栄えていた青物市場で「ヤッチャ」という競りのかけ声が盛んに聞かれたのが名前の由来。

(※2)現代美術家・大巻伸嗣による「Memorial Rebirth千住」の略称。無数のシャボン玉で見慣れたまちを光の風景に変貌させるアートパフォーマンス。



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