プロフィール
きさらちさと(仲町の家 コンシェルジュ)
世田谷生まれ。美術大学でデザインを学んだ後、 デザイン日用生活品の商品開発を行う会社で、企画からものづくりの製造現場に携わる。現在は、千住東町の裏路地にある、築90年の家をセルフリノベーションした日用品と喫茶の店「KiKi北千住」を夫婦で営む。2020年の冬に始まった千住大橋のDIY可能シェアハウス「日日 nichinichi」の住み込み管理人も。千住内外で、デザイン業務、DIYワークショップの企画・運営なども手がけている。
文化と余白のあるまちで
まさたろうさん※1とふたりで住み開き※2のできる家を探していて、エリアはどこでも良かったのですが、「文化と余白のあるまち」が条件でした。文化って何か? そうですね、商店街や個人商店があって、八百屋さんや本屋さんがあるとかアートギャラリーがあるとか、人の顔が見えるまち、そういうことでしょうか。
吉祥寺や谷根千、清澄白河などあちこち探しましたが、私たちが入り込む余白がなかったり、物件がなかったり苦戦していました。千住はいいよとは聞いていたけどちゃんと探したことがなかったのですが、物件が出たと聞いて見に行き、ひと目見て「ここだ!」と思いました。
物件を決めてから、まちを知りたくて、音まちの「千住タウンレーベル※3」(「聴きめぐり千住!-レコード片手にまちをめぐる-」)に参加したり、千住いえまち※4のまち歩きに参加したりしました。千住タウンレーベルでまちの隅々まで歩いてみて、住んでも面白そうなまちだなと思いましたし、いろいろな人が主体的に動いていることや、住んでいる人が表現者にもなっていること、いろいろな団体があって活発にそれぞれが活動していることに触れて、千住は面白いまちなんじゃないかなって、より楽しみになりました。
もう少しまちの人と関わりたい!
物件を決めてから7か月、いろいろな人に手伝ってもらいながらDIYを重ねて、KiKi北千住(当時はKiKi千住東の家)をスタートしました。そんな中で友人が、仲町の家のコンシェルジュに誘ってくれたんです。
当時、住み開きはしていましたが、住所も公開しておらず、Facebookで告知する程度だったので、知り合いか、その知り合いが来てくれるのがほとんどで、むしろ東京西部など遠くから来る人が多かった。ちょうど、もう少しまちの人と関わりたいなあと思っていたタイミングだったので、お引き受けしました。その後、娘を出産し、仲町の家は子連れ出勤OKなので一緒に来ています。
私がコンシェルジュとして来始めたころ、2019年の秋ごろは常連のお客さまが多くて、まちの歴史や人、この店が美味しいよなど、地域の話をいろいろ聞くことができて、千住を知る場にもなっていました。住んでいるまちのことって意欲的に調べないとわからないけれど、ここにいると自動的に興味のあることが集まってきて知ることができる。そういう感じはすごくいいなと思います。
場所が持つパワーって強いし、面白いなと思うんです。さっき来た子が、小さいころ隣の千住仲町公園で遊んでいて、ブーメランがこの家に入ってしまって取りに来たことがあると話していました。そのころはおばあちゃんが住んでいて、という話を聞くと、私は今しか知らないので面白いなと思います。
仕事とプライベートが一緒くた
KiKiのほうは当初は趣味の範囲内で、稼ぐのは会社勤めでと分けていたのですが、まさたろうさんが会社を辞めることになって、それまでの住み開きの中で特に人気だったイベントを拡大して、日本茶と和菓子をふるまう「茶寮」として事業化していくことを考えました。
週5日、KiKiを開くようになって、今、仲町の家やKiKi北千住、北千住BUoY※5、soco1010※6などをはしごしてくださる方が増えています。自分もこのまちに住んでいるひとりの人間として、仲町の家のアート展示を見たり、北千住BUoYやsoco1010も見に行ったりします。仲町の家のシフトに入っていないときにも娘を連れてここに遊びに来たりもします。普通に住んでいてこんなにアートが身近にあるまちもそんなにないし、自分自身いいなと思うので、「ぜひ回ってください」と、仕事というより、ひとりの人間として紹介しています。仕事とプライベートを切り分けてというのはあんまりなくて、全部一緒くたになっている感じです。働く人でもあり、利用者でもあり。千住は1日遊べるまちだなあと思います。居心地がいい。
ここ仲町の家は、なかなか稀有な存在だと思うんです。そもそもこんな素敵な建物がまちに開放されていてゆっくり過ごせる。公民館的な要素もあるし、アートの要素もある。ただ過ごすだけでなく、何かを体験できたり、何かを得て帰ってもらえる場所で。KiKiも「アート」かどうかはわからないですが、ただお茶を飲み甘味を食べて「消費する」場所であるだけでなく、KiKiに置いてあるものや空気から、自分の感覚に気づいたりふとした瞬間に内省できるような、そんな場所になれたらいいなと思っています。
仲町の家はリビングの続き
今はすぐ近くのシェアハウス「日日 nichinichi」の管理人もしながら暮らしていますが、家族以外の人が一緒に暮らすって、こんなに面白いんだと感じています。あらためて考えてみると、夫婦の人間関係も、むしろ2人のほうが無理なんじゃないかと思っちゃいます。誰の目もなければちょっときつく言っちゃうところを、第三者がいることで柔らかい言い方にしたり、そういうささいなことも含めて、シェアハウスに住んでいると、気持ちに余裕が生まれます。子供が育つ環境としても、いろんな大人に囲まれて育つのはいいなと単純に思います。シェアハウスじゃなくても、お店なんかでも、そういうこと、あると思うんですけど。
仲町の家は、暮らしている家の「地つづき」みたい。ここも、娘の遊び場であり、庭であり。リビングの続きみたいな感覚です(笑)。それを許容してくれるこの場所、職場はすごいと思います。
公園みたいな、いつ来てもいいしいつ帰ってもいい。そういう場所が「家」以外にあるということ。それがこの辺に住んでいるいろいろな人にとっても、そういう場所になっていったらいいなと思います。娘が小学生になって、ひとりでここに遊びに来て、常連さんとお話ししてから、KiKiに帰っていく。そんなことがあってもいいなと思います。
ゆくゆくはもう少し大きい規模のシェアハウスをやりたいなと思っているんです。昔の団地や長屋じゃないですけれど、それぞれの家(部屋)はあるけれど、共用の中庭で子供たちが遊んだり、世話してあげたり。そういう関係性が今の時代は全部なくなって家庭ごとになってしまったと思いますが、それを取り戻すというか、もう一度ゆるくつなげられないかなと思っています。
インタビュー・執筆:舟橋左斗子
※1 まさたろうさん:暮らし方デザイン夫婦ユニット「KiKi」パートナー。
※2 住み開き(すみびらき):自宅などのプライベートな空間の一部を、無理なく他者に開くことで小さなコミュニティを生み出す活動。提唱者は音まちでも活動するアサダワタル。
※3 千住タウンレーベル:アサダワタルと展開する音まちのプロジェクト。千住で生活してきた市井の人びとの記憶、千住のまちならではの風景や人間模様にまつわるエピソード、千住に根づき息づく音楽などを通して、「まち」と「私」の関係を「音」で表現・発信・アーカイブする、音楽レーベル(プロジェクト)。
※4 千住いえまち:千住らしいまち並みを保存・活用し、新たな価値を発見していく活動をする地域グループ。まち歩きや調査なども。
※5 北千住BUoY:千住仲町の元ボウリング場と浴場だった廃墟をリノベーションしたアートセンター。2階にカフェ、ギャラリーなど、地下では主に演劇やダンスの公演を行う。
※6 soco1010:千住の魚市場で買い付けられたマグロを冷凍保管していた超低温冷凍庫を展示空間にリノベーションした千住橋戸町のアートスペース。
【2021年8月発行号掲載 / ロングバージョン】
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