アートライター=白坂 由里
アートアクセスあだち 音まち千住の縁
アーティスト・クロストーク《オンライン》#02
大巻 伸嗣(現代美術家/Memorial Rebirth 千住 ディレクター)
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山出 淳也(BEPPU PROJECT代表理事/アーティスト)
作家の手を離れ、市民が「自分ごと」として変化させていく
「アートアクセスあだち 音まち千住の縁」10年目を記念してオンラインで開催中の「アーティスト・クロストーク」シリーズ。その2回目が、2020年10月18日に行われた。音まちからは、かつて千住にアトリエを構えていたこともある現代美術家の大巻伸嗣が登場。1分間に最大約1万個のシャボン玉を生み出す装置を数十個設置し、見慣れたまちを光の風景へと一変させるアートパフォーマンス、「メモリバ」こと「Memorial Rebirth 千住」の作者である。メモリバには、2011年の準備段階から数多くの市民が参加してきた。
今回のトークのゲストには、大分県別府市からBEPPU PROJECT代表理事でアーティストの山出淳也を迎えた。さらに、メモリバを運営する市民チーム「大巻電機K.K.」から千住在住の吉川和宏、西新井在住の高橋純子、「第33回国民文化祭・おおいた2018」の一環で大巻のプロジェクトに参加した日田市の石松リエも参加した。
配信当日のひとコマ
※東京藝術大学千住キャンパスと大分県別府市の山出、日田市の石松(「水郷ひた芸術文化祭2018」市民スタッフ)をzoomで繋いだ。
写真左上:大巻、左下:山出、右下:石松、右上:東京藝術大学千住キャンパス[左から高橋・吉川(千住のメモリバを支える市民チーム「大巻電機K.K.」)、大巻、森(アーツカウンシル東京 東京アートポイント計画ディレクター)、熊倉(東京藝術大学教授・「音まち千住の縁」プロデューサー)]
最初に、東京藝術大学教授・「音まち千住の縁」プロデューサー、熊倉純子の研究室で学ぶメモリバの学生スタッフが登場。 今回のクロストークの内容を企画した経緯と意図についてこう語った。「実は、メモリバに関わりだした当初は、アーティストだけの方がいい作品ができるのではないかと、非専門家たちがまちで行うアートに違和感を抱いていたんです。けれど実際に関わるうちに、自分の中にアートに対する思い込みがあったことに気づかされました。今回のトークをお聞きしながら、自分自身のその変化についても考えてみたいと思っています」。
「Memorial Rebirth 千住 2017 関屋」昼の部の様子(撮影:冨田了平)
千住のメモリバは、2012年3月(2011年度)に千住いろは通り商店街でスタートし、翌年から千寿本町小学校、千寿常東小学校、千住旭公園(太郎山)、足立市場、千住青葉中学校、関屋公園とリレーするように場所を変え、2018年には千住エリアを出て荒川を越えた西新井第二小学校で開催された。その間に「しゃボンおどり」ができ、ティーンズ楽団なども誕生。東京電機大学の学生や地元の有志によるテクニカルチーム「大巻電気K.K.」も結成された。2019年にはこれまでのメモリバをワークショップという形でまるごと体感できる「メモリバ学校」ができ、今春はコロナ禍で大規模開催は中止になったが、これまでの記録展示が行われた。
また、大巻は千住の古民家をまるごと用い、2012年には「イドラ」、2016年・2018年には「くろい家」という作品を発表している。
2016年実施の「くろい家」(撮影:阿野太一)
記憶を掘り起こす。日田市民と創作した巨大版画
一方、山出は「第33回国民文化祭・おおいた2018」の関連プログラムとして、大巻伸嗣に大分県日田市を舞台に「水」をテーマにした個展を依頼し、「SUIKYO in 水郷ひた芸術文化祭2018」が開催された。そこで大巻は「Liminal Air Space-Time SUIKYO」と、旧料理屋「盆地」の建物を舞台にした胎内めぐりのようなインスタレーション「座 盆地」を発表した。
「Liminal Air Space-Time SUIKYO」(2018年)
その過程で、市民発信の活動も生まれた。絵本の読み聞かせをする市民グループ「エホント」の石松を現地のリーダーとして、市民が絵を描き、彫る巨大版画を創作した。構想を練るための現地視察で、石松とともに小迫辻原(おざこつじばる)遺跡を訪ねた日のことを大巻は語る。
「僕は故郷・岐阜の再開発を機に、まちが”記憶喪失”になる前にそこに存在した歴史を掘り起こして、現在や未来につないでいくような制作をしてきました。旧石器時代から中世までの複合遺跡である小迫辻原遺跡には、いまは何もないけれど何か見えない力を感じたんです。ただ、日田の昔話を聞くと、口承文学だからか話す人によって筋が違う。それで呑み歩いて尋ねていくうちに、『日田のむかしむかし』という資料を見つけました」。
巨大版画の制作風景
小・中学生のワークショップでは、その物語を読み聞かせ、版画の下絵を描いてもらった。「墨で一発描きをしてもらいました。つまり最初から本番で、失敗してもいいから緊張感をもって向かってもらおうと思ったんですね」と大巻。
また、予算が限られる中、石松の交渉で提供してもらえることになった日田杉板は硬く、彫刻刀で彫るのは困難だった。そこで神仏を彫る地元の会社の助けも借りて、こどもからお年寄りまでが共同制作した結果、力のある版が生まれた。当時を思い出して「オニ!」とツッこむ石松に、「負荷を与えてどうするか、そこから新しいものが生まれる、そんな人間力に挑戦してもらいたかったんです」と大巻が意図を語り、和やかな笑いを誘った。
完成し展示された版画作品。2m×10mにも及ぶ大作となった。
「あれがアートだったんだ!」とわかった日
ところで、このトークのタイトル「アートなんてわかんねぇ!」とは、メモリバをスタート時から支えてきた吉川の言葉である。
「自分はもともとPTA会長なんかをやっていたので、藝大の学生さんたちから依頼されて、地域のお父さんたちを集めて警備などをやってもらったんです。1回目は雨ですごく寒くて、正直、なんでこんな日にと思ったけど、雨合羽を着たこどもたちが喜んでくれてね。だけどこれってアートなのか? と。子どもが喜んでくれたからよかったな、くらいにしかとらえていなかったんですね」。
「Memorial Rebirth 千住いろは通り」(2011年度)の様子(撮影:大塚歩)
そんな吉川に転機が訪れる。2015年、足立市場で開催されたメモリバの夜の部。「みんなが練習していたヘンテコな歌がちゃんとダンスの音楽になっていて。神秘的で、誰もがシーンとして見ているなかで、シャボン玉が龍のように昇っていった。それを見て、初年度(2011年度)の雨のなかの赤や青や黄色のカッパ、たくさんのシャボン玉がアートになっていたんだ、すごい!と気づいたんです」。
「Memorial Rebirth 千住 2015 足立市場」夜の部の様子(撮影:松尾宇人)
他方、西新井の高橋純子は「千住では、アートだけでなく週末いつも何か面白いことをやっている。足立区はこんなに広いのに、千住ばかりずるくない?」と思っていたそう。「西新井の子どもたちはお金を払って電車に乗らないと川を越えて千住側に行けないし、親が働いているから一人でご飯を食べている子もいて。格差といっていいか、足立区の中でも、こどもの環境に違いがあるんです。けれど同じものを見る権利はあるはず。見た子がアーティストになる可能性だってある」という高橋の熱いリクエストがあり、2018年は西新井で実現をみる。
「しゃボンおどりは、住民の方々にお話を聞いたりしながら西新井バージョンがつくられました。近くに駅のない学校ですが、綾瀬や竹の塚などほかの地域からも含めて3000人も来てくれて。こんなに素敵なものを見られると思わなかったと言われてうれしかったですね」。
「Memorial Rebirth 千住 2018 西新井」昼の部本番前のしゃボンおどり練習風景
(撮影:冨田了平)
しばしじっと聞いていた山出は「冒頭で学生さんが話していたように、美術館で完成された作品を見ることも真理なんだけど、アートを開いていくとき、作品が変容して新しいものが生まれていく、これもまた真理だと思います」と語った。「かかわる人たちの表情がいきいきとして、自分ごととしてやられているのがよくわかりました」。
大巻は「足立区の“メモリアル・リバースさん”というもう一つの人格みたいなものが、僕から切り離されてあちこちに出て行っている感じがいいと思っていて。足立区という場を実験場にしたいんです」と言う。「千住は、都市開発で地域の祭り自体も衰退していたから、新旧住民の区別なくコミュニティのつながりが強い幼稚園や小学校の親から巻きこんでいきたいと思って、吉川さんに最初にお声がけしたんですね。盆踊りをつくれば、日本舞踊のおばちゃんにも活躍の場ができるし。足立が世界のメッカ(中心的存在)となるような、エネルギーの集合体をつくりたかったんです」。
人間や社会を「可塑的な粘土みたいなもの」と考える大巻は、メモリバをさまざまな場所で借りあっていくようになれば、足立区が掲げる「ダイバーシティ」に本質的に近づいていくのではないかと思っていた。そのためにシャンソン歌手や、くるくるチャーミーのようなアーティストなど多様な人々を混ぜ合わせてきた。「雨天中止としていたのに、やりますと言った瞬間、え!?どうやってやろうか、と知恵を絞り合い結束する、そこに起こる時間と空間、一瞬がアートなんです」とも付け加えた。
「Memorial Rebirth 千住 2018 西新井」準備風景。皆で分担して作業を進める。
(撮影:冨田了平)
山出はさらに俯瞰して語る。「自分はプロデューサーという立場で、行政や企業にはアーティストの語ることをある種翻訳していくんだけど、さらにそれをアーティストが越えてくる。それはいいことであり大変なことであったりするんだけど。過去の価値とか固定観念を越えていくことを、みんなが考えた瞬間にいきものに変わってくる。そこで心が動いた参加者はやめられなくなるんですね」。
大巻は「教育の最初の基準をどこのレベルにもっていくか。見えるけど届かないくらい高いところに置いて、それを越えていこうとすることが大事。プロフェッショナルにかかわって、最初から本物を見ればいいものがわかる」と言う。それを受けて高橋は「私でも、東京電機大学を出ていなくてもシャボン玉マシンをつくることができるんです。子どもたちにも、やってみるいいチャンスになっている」と頷く。
東京電機大学学生(当時)が考案した小型シャボン玉発生マシン。
2019年にはそれをこども達とつくるワークショップ「メモリバ学校(理科)」を開催した。
石松は、釜山で展覧会準備中の大巻のところへ打ち合わせに行った日のことを語った。「大変そうだったので、少しだけ手伝ったんです。そうしたら帰るときに、まだ仕事中なのに大巻さんが玄関まで送ってくれて。これは日田の人たちに紹介したい!と。少ない予算でできることを考えるしかなかったから、いろいろ鍛えられました。本当はメモリバがしたかった」と、千住がちょっとうらやましそう。
山出は「アートプロジェクトは子育てに似ていて、可能性をどうやってつくりあげていくか、僕からは言わないように気をつけて、少し遠巻きに見ていくんです」と経験からくる信条を語る。石松の思いを聞いた大巻は「コミュニティ同士のメモリバが生まれていくこと、見に行ったり、移動したり繋がっていくことも大事なことだと思っています」と答えた。
「Memorial Rebirth 千住 2018 西新井」昼の部出演者およびスタッフ集合写真
(撮影:冨田了平)
この10年、ともに活動してきた熊倉も付け加える。「任せると言っても、大巻さんは見もしないでOKを出すことは絶対になくて、毎年の参加バッヂやTシャツなどまで総合的に見てくれているんですよね」。また、「型で抜いていくような」日本の教育の現状を振り返りつつ、「(メモリバで起こった出来事は) サナギが蝶になるように、一生懸命、自分で自分を形作っていく力を、ひとりひとりずつ、あるいは、社会の中に取り戻す、ということだったのではないでしょうか」と指摘した。
最後に、千住や日田での活動、また、今回のクロストークの内容をふまえてひとことずつ。石松は「楽しい思い出しかない。大巻さんのスケールについていくのは大変ですけど、また一緒に何かできるといいなと思っています」と語った。吉川は、大巻が人々の可能性を引き出すことで、自分たちが創りあげてきたものがひとつの「芸術作品」になった時、「アートなんてわかんねぇよ!」と思っていたはずの自分が変わったことを思い出しながら、「みなさんもぜひメモリバに参加して、あの感動を味わっていただきたいです」と視聴者に投げかけた。
それを受けて大巻は「プロジェクトが10年迎えられたのが本当によかったし、親が子に教えて、その子が親になったときにまた教えて実践してと、皆さんと考えて皆さんとまた新しい動きができたらいいなと思います」と抱負を語った。
こうして2時間を超えるクロストークは、司会をしていた森司(アーツカウンシル東京 東京アートポイント計画ディレクター)の「千住のメモリバが作家にとっても継続的に実験できる場であることが確認できてよかった。市民にとっても世代を越えて伝承し、変化しながら継続していく可能性がある」といった言葉で締めくくられた。メモリバの今後の展開に期待が募る。これを機に、千住と日田の交流が生まれても楽しそうだ。
PROFILE
大巻 伸嗣|おおまき しんじ 1971 年岐阜県生まれ。現代美術作家。
身近であるが意識から外れてしまうもの、対立する価値観の間に広がる境界域、刻々と変化する社会の中で失われてゆくマイノリティー等に焦点を当て、「存在」とは何かをテーマに制作活動を展開する。「空間」「時間」「重力」「記憶」をキーワードとして、多種多様な素材や手法を用いて、曖昧で捉えどころのない「存在」に迫るための身体的時空間の創出を試みる。
主な作品として、『ECHO』シリーズ、『Liminal Air』、『Memorial Rebirth』、『Flotage』、『家』シリーズ、『Gravity and Grace』等がある。日本国内のみにとどまらず、世界中のギャラリー、美術館などで意欲的に作品を展開している。
http://www.shinjiohmaki.net
山出 淳也|やまいで じゅんや 1970年生まれ。NPO法人 BEPPU PROJECT 代表理事/アーティスト。文化庁在外研修員としてパリに滞在(2002〜04)。アーティストとして国際的に活躍した後、2004年に帰国。2005年にBEPPU PROJECTを立ち上げ現在にいたる。 混浴温泉世界実行委員会 総合プロデューサー(2009〜)/第33回国民文化祭・おおいた 市町村事業 アドバイザー/文化庁 審議会 文化政策部会 委員(第14期〜16期)/グッドデザイン賞 審査委員(2019年〜)/山口ゆめ回廊博覧会コンダクター(2019年~)/平成20年度 芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞(芸術振興部門)
※本記事は、2020年8月5日に開催されたオンライン・クロストークの内容をもとに執筆されました。
※オンライン・クロストーク当日の動画は、以下でご視聴いただけます。
アートアクセスあだち 音まち千住の縁
アーティスト・クロストーク《オンライン》#02
大巻伸嗣×地域アート?『アートなんてわかんねぇ!』
日 時:10月18日(日)17:00〜19:00
出 演:大巻 伸嗣(現代美術家/Memorial Rebirth 千住 ディレクター)、山出 淳也(BEPPU PROJECT代表理事/アーティスト)
進 行:森 司(アーツカウンシル東京 東京アートポイント計画 ディレクター)
解 説:熊倉 純子(東京藝術大学大学院国際芸術創造研究科教授)
特別ゲスト:千住のメモリバを支える市民チーム「大巻電機K.K.」の皆さん、「水郷ひた芸術文化祭2018」市民スタッフ
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