• 音まち千住の縁

【特別寄稿】コラーゲンの靴を履いて、街をさまよう。


江戸時代は日光街道第一の宿場街として、戦前は工業地帯として、戦後は生活都市として栄えた千住。そこに散見されるさまざまな「境界」に着目し、蒐集した土地の歴史や事実から、“仲町の家”を主人公とした「ホームドラマ」のインスタレーション「Under Her Skin」が生まれた。

2018年9月から千住の文化サロン「仲町の家」で公開中の本作を、紙上体験しよう!



コラーゲンの靴を履いて、街をさまよう。


P3 art and environment 統括ディレクター

芹沢高志


 北千住の駅で降りて「仲町の家」に向かう。東京藝術大学千住キャンパスの前まで行って、夕闇のなか、ミリオン通りを歩いていくと、仲町氷川神社の近くにその家はあった。


 大切に使われてきたのだろう、しっかりとした柱梁が通って、私の世代にとっては懐かしさを感じる日本家屋だ。はじめに建てられたのは江戸時代。関東大震災で傾いて、その後建て替えられたというが、家の部材はほとんどが再利用されたようで、こういう建築部材に染み付いた時間の積層はごまかすことができないから、歴史を生き抜いた、凛とした風格が家全体に漂っている。第二次世界大戦の空襲で、ここ千住仲町の大半は焼けてしまったが、この家は勝手口の門のところで火が止まって焼失を免れたというから、こうして今、自分が「仲町の家」を眺めていること自体、なにかの奇跡にも思えてくる。


 なぜ私が「仲町の家」を訪れたかといえば、ここで三上亮/遠藤幹大が映像・サウンドインスタレーション「Under Her Skin」を展示していたからだ。二人は私がディレクターを務めた「さいたまトリエンナーレ2016」において、劇作家・演出家の松田正隆とユニットを組み、2006年まで実際に使われていた武蔵浦和のRC二階建て住宅を舞台に《家と出来事 1971-2006年の会話》という実に驚くべき演劇インスタレーションを発表してくれた。三上と遠藤が、この家で展開したであろう74の断片的なシーン、つまりシチュエーションのリストをまとめ、そこから松田が45の戯曲を書き下ろす。そして、それをもとに俳優たちがこの家のなかで演じたすべてが録音され、照明や映像とともに重層的、空間的に再生される。それは「不在」の演劇であり、気配の演劇だった。にもかかわらず、いや、だからこそというべきか、ある時代の大都市郊外での典型的な日常が、恐ろしいまでの生々しさで立ち現れていた。廊下を歩く音、ドアを閉める音、隣の部屋で交わされるさまざまな会話、高ぶる声やささやき声。食器を洗う音が台所から聞こえてきて、突然テレビや家電、電灯のスイッチが入る。

 ここに住人の姿はない。しかし「生活」はあった。本当に見事な作品だった。


 靴を脱ぎ、「仲町の家」にあがる。そのまま一番奥の部屋まで進み、まず映像を観た。展覧会タイトルにもなっている《Under Her Skin》という2チャンネル、つまり2面の、20分ほどの映像だ。

 冒頭、プルタークの『イシスとオシリスについて』からの謎めいた引用があり、揺れ動く水面から映像は始まる。女が語りかける。「私は家。家族と外界を隔てる境界。私のなかで起こっていることを、外の人は誰も知らない」。そしてカメラはかつての靴の製造工場、今は新築のマンション群や公園に整備された人気のない風景のなかを移動していく。途中、この靴の工場がコラーゲン生産の企業に変わっていった歴史や東京という街の50年間の激変についての語りも入り、さまざまな要素が混在し始めるので、正直にいえば、この映像の意味を見失いかける。千住という土地が川に囲まれた土地であり、そもそもが低湿地であったことは理解できたが、これは単なる地域の紹介映像なのだろうか? 作者は何を伝えようとしているのか?

 終盤、「仲町の家」が映し出され、再び「私は家。」と女が語りかけてくる段になって、ああ、そうか、これは「仲町の家」の物語、彼女こそが語り手なのだと深く了解する。彼女は続ける。「この家はかつて水であふれていたの。水の気配が私を包んでいた。でも、水に囲まれているなんて、まるで船ね。いや、違うかな。どちらかといえば水風船。船ほど硬いイメージじゃないの。柔らかいイメージなの」。そう、彼女の肌も水のようで、不定形の境界を持つのだろう。


 映像を見終わって、広間に戻る。ふと気がつけば、床の間にコラーゲンの靴が置かれている。映像のなかでも制作過程が紹介されていた、あのコラーゲンで作られた靴の実物だ。

 広間に座れば、さまざまな音がさりげなく聞こえてくる。家の軋みや物音。今、誰かが階段を昇っていく……。それは「仲町の家」の息づかいとも言えるもので、こうしてここで和んでいると、確かにこの家は生きているのだと実感してくる。

 一気に親しみが湧き、そうか、君は少しおめかししてコラーゲンの靴を履き、自分が生まれ育ったこの街の、今の様子を見るために、外をさまよい歩いてきたんだね。それがあの映像だったのだと理解する。


 そうだな、私も彼女のように歩きたくなって、靴を履き、「仲町の家」をあとにした。



三上亮/遠藤幹大「Under Her Skin」

展示は2019年3月4日(月)まで!

毎週土日月・祝日「仲町の家」開室時

10:00〜17:00(最終入場16:30)

※2月2日(土)、3日(日)、9日(土)、10日(日)はおやすみです。


【2019年1月発行号掲載】

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