「静かな家」の一場面
場所と音楽?
現在は東京藝術大学大学院の修士に在籍していますが、学部は首都大学東京の都市環境学部で観光まちづくりを学んでいました。大学での研究とは別に、音楽はこどもの頃からずっとやっていて、オーケストラや吹奏楽団でも演奏し、大学時代にはソロや室内楽でフルートを吹くようになり、学部4年生になる前にはウィーンに1年間、留学しました。ウィーンというとモーツァルトなどの「クラシック音楽」というイメージが強いですが、電子音楽フェスや現代音楽フェスなど、音楽に関するイベントが多種多様でとても驚いたのを覚えています。印象的だったのは、コンサートホールなどの音楽に限定された空間に縛られるのではなく、市庁舎前や公園などの公共空間、パン工場、河川敷など、さまざまな場所で音楽活動が行われていたことです。そういった場所で体験する音楽は場所の持ち味や背景と強く結びついていて、とても魅力的で、自分にとって忘れることのできない衝撃的な体験でした。それから、自分でも場所に依拠し、その場所でしか感じることのできない音楽体験を創りたいという気持ちが生まれました。
私が首都大学東京で所属していた「まちづくり」の分野では、深く「アート」は取り扱っていませんでした。藝大の音楽環境創造科で取り組んでいる音まちの「だじゃれ音楽祭」のことは以前から知っていて、形式にとらわれない音楽や、そういった音楽が生まれる仕組みをここで勉強したいと思い、修士から藝大大学院の国際芸術創造研究科(千住キャンパス)に入りました。
音楽ドラマ「THE鍵KEY」を実施して
最初に、仲町の家でイギリス人作曲家のフランチェスカ・レロイさんによる「THE鍵KEY」という作品の、仲町の家での上演にプロデューサーとして参加していました。そのときに、仲町の家って、すごく面白い場所だなと感じました。この作品は谷崎潤一郎の傑作長編小説「鍵」を題材にした音楽ドラマです。家全体を使い、4人の登場人物(夫、妻、娘、木村)が4つの別々の部屋でそれぞれのキャラクターや物語を表現していき、観客は家内を回遊しながら、襖の隙間から見るなど、家族の秘密に満ち溢れた物語を覗き見るように鑑賞します。仲町の家は元々、人が生活していた「家」なので、柱の小さなキズだとか、人がこの場所で生きていた痕跡がたくさん残っています。その場所で、家族の物語を演じると、柱についたキズや畳の軋みもいつの間にか物語の中で語られ、どんどんリアルに感じていくんです。あたかも登場人物がつけたキズかのように。また、舞台と客席といった境界が曖昧なので、より物語がリアルに感じられます。それ以来、仲町の家にはすごく魅力を感じていて、もっといろいろなことを挑戦してみたいと思っていました。そして、今回の「静かな家」が生まれたのです。
「静かな家」でやりたかったこと
3月に仲町の家で行った「静かな家」というパフォーマンスは、「尺八古典本曲」というジャンルの音楽を多くの人に聴いてもらいたいという考えからスタートしています。このイベントを行うにあたり、音楽家の小野龍一君と琴古流尺八家の松本宏平さんに参加いただきました。
学部4年生のときに、先輩から誘われて、たまたま行った松本さんの演奏会で初めて「尺八古典本曲」を聴きました。今まで聴いたことがなかったその独特な音楽に鳥肌が立ち、感動したのを今でも覚えています。
現代では、尺八はポップスや現代邦楽といったジャンルも確立し、様々な広がりを見せています。しかし、それに対し松本さんは、江戸時代から受け継がれてきた「尺八古典本曲」を現代にどのように伝えるべきかを大切にしている方でした。現代に生きる我々からすると、リズムや音程も不安定で、形式を持たず、抽象度の高い尺八古典本曲は馴染みにくい音楽です。しかし、その音楽には、場を飲み込んでしまうような静けさや音楽の奥深くに存在する情動など、尺八という楽器でしか描くことができない表現があります。江戸時代から今まで、その時々で、尺八古典本曲は内包される意味や表現において何が伝統かを常に問い、「伝統の根っこ」を廃さない形での伝え方を模索されてきました。
尺八と古民家。マッチングしないわけがないのですが、それじゃ面白くありません。尺八の源流ともいえる精神性や美意識を敢えて廃して、ポップスなどのより大衆的な方法で間口をできるだけ広くするような伝え方にチャレンジする人もいますが、自分はそうではなく、尺八が持っている魅力や伝統と現代の人々とがつながれるような新しい演奏会を仲町の家でつくりたいと思ったのです。
当時、東京藝大先端芸術表現科修士2年だった小野龍一君は、東京藝術大学の奏楽堂で私がメンバーのひとりとして企画したオルガン演奏会に演出家として関わってくれました。小野くんは鑑賞者の聴き方に着目して、鑑賞者の身体性や「演奏者 − 鑑賞者」といった関係性をどのように変容させることができるのかを思考し、新しい聴取の場を実践している音楽家です。オルガン演奏会でもホールの四方から声が迫ってきて、徐々に音量が大きくなり、演奏会がスタートするなど、聴く側の感覚や視点を変化させるような斬新な演出を考えてくれました。そのようなご縁があり、聴く側の感覚を揺さぶり新しい音楽体験を創ろうとする小野くんと、現代の人々と尺八古典本曲をつなげようとする松本さんを引き合わせると、仲町の家で面白いことができそう!と思い、今回おふたりにお声がけしました。
「もののね」という美意識
「静かな家」では日本伝統音楽の「もののね」という美意識に自然と浸れるような仕掛けを考えました。「もののね」とは、簡単に説明すると、その場に存在する音や情景を全て音楽にするといった概念です。西洋音楽では演奏されている音以外は雑音とみなすという慣習があるのですが、それに対し、その雑音までも音楽のひとつとし、それらが合わさったときに生まれる音楽を美と認識するということです。仕掛けとして、仲町の家の曖昧な空間のしきりを最大限に使うことで、「演奏者 − 観客」という二分された関係性を曖昧にし、お客さんも演奏会という一つの“物語”に参加しているという意識を持ってもらうということを考えました。具体的には、「雨月物語」の「白峰」という物語を下敷きに、悪霊が住んでいる家と悪霊との対話を試みようとする僧侶(尺八奏者)、その対話を目撃する訪問者(観客)という設定です。家がお客さんに語りかけていき、物語が進行するごとに、観客に家内を回遊していただき、お客さんが存在する空間を絶えず変化させるアトラクションのような演奏会を創りました。尺八奏者はというと霧に包まれた霞んだ存在として、最後まで観客の前に出てくることはなく、どこからか尺八の音が聞こえてきます。最後は、観客を物語の世界から日常に返すというコンセプトの元、ハーメルンの笛吹きのように、尺八奏者の後ろをついていってもらい、仲町の家の美しい庭で尺八の音と自然の音が混じり合う瞬間を聴いてもらいました。この演奏会を私たちは「実験的アトラクション」と呼び、誰も今まで体験したことのないであろう実験的な場が仲町の家に誕生したと思います。
観に来てくださった方から、「普段、演奏会中にうるさいと感じる子どもの声や自然の音が音楽の一部と感じられ、今まで体験したことがなかった心地よさがあった」や「尺八の音色のあいまいさと演出の仕方で、音楽が物語のBGMに聴こえる場面と、演奏として聴こえた場面があって、ふたつの間で浮遊させられた」と言われて、尺八の魅力も含め、狙い通りに受けとめていただいたと、とてもうれしかったです。
仲町の家にひそむ可能性
藝大のキャンパスから近いあの場所に、仲町の家があるって、とてもメリットがあると思います。藝大生や創作活動をしている人は常に発表する場所を求めているので、仲町の家やBUoYの存在は大きい。仲町の家を使いたいという「パイロットプログラム」への問い合わせも多いと聞いているのでこれからが楽しみです。
仲町の家が持っている物語性を、どう読み替えて使っていくのか、それは創作する人によってさまざまだと思うんです。あの場所は何百通りにも読み替えられると思うので、それがすごく面白い。「静かな家」と「THE鍵KEY」、それに「4人姉妹の家びらき・夏」では、あの家のとらえ方が全く違っていましたから。大喜利のようですが、仲町の家を舞台にどのような作品や活動が生まれていくのか、これからが本当に楽しみなところです。
もうひとつ面白いと思うのが、作品制作にまちの人が関わる可能性があることです。それってすごく魅力的です。僕たちがリハーサルをやっているときに、ふらっと覗きに来たまちの方がいろいろな意見をくれたり、プレ公演後に観てくださったみなさんと話したことは、とても参考になりました。そのとき感じたことですが、演奏家と鑑賞者、関係者とお客さま…いろいろな人が属性をあまり気にせず、フラットになれる場所だなあと。仲町の家で出会った人との関係性は他の場所では作れないと思います。それが、作品制作にも反映されていくので、より面白いものになっていく感じがします。
心あたたまるまちで
仲町の家は、囲まれた異空間ですね(笑)。入り口が奥まっていて、藝大に入学するまでこんな綺麗な日本家屋があるとは知りませんでした。出入りするようになって、まわりの店にも頻繁に行くようになりました。福寿堂さん、かどのめし屋さん・・・チラシを持って商店街を歩いていたら、「それ、店に置こうか」って言ってくださったり、何気ない人との関わりや、昔ながらのお店や細い裏路地がたくさんあり、心があたたまって、とても好きです。
私が以前住んでいた地域は比較的新しい住宅地が立ち並ぶエリアで、チェーン店とマンションばかりで何となく冷たい印象のある街でした。それに比べると足立区、北千住って、下町で、人とのつながりもできやすく、まちの雰囲気も粋で、とてもいいなと感じています。来年の3月に卒業する予定ですが、職場が東京の東側になるならぜひ千住に住んで活動を広げたいなと日々妄想しています。
(インタビュー・執筆:舟橋左斗子)
プロフィール
山下 直弥|やました なおや
首都大学東京都市環境学部入学後、1年間のウィーン大学への留学を経て卒業。音楽公演の企画実施を通して、アートマネジメントの実践研究に取り組んでいる。今までに、奏楽堂企画学内公募最優秀企画「オルガンと話してみたら−新しい風を求めて−」(2018)、フランチェスカ・レロイ作曲 音楽ドラマ「THE鍵KEY」(2018・2019)、松本宏平×小野龍一「静かな家」(2019)の企画運営に携わる。だじゃれ音楽研究会メンバー。野菜を用いた楽器の創作を研究中。
東京藝術大学大学院国際芸術創造研究科修士3年在籍。
Comments